マイナーなピアノ音楽好き人間のブログ

マイナーなピアノ曲について語ります。それ以外のことも語ります。

アルカン「ヴィエル風変奏曲」、あるいは技巧への拘り

 

前置き

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 さて、アルカン「ヴィエル風変奏曲」を投稿した*1


Alkan:Variations à la vielle(Sheet Music+Synthesia)

 

 IMSLPによれば、作曲は1840年、アルカンは1813年生まれだから、作曲者27歳前後の作品ということになる。

 アルカンは初期には変奏曲やロンドといった、技巧性を重視した曲を中心に作曲をした作曲家である。といっても、同世代のショパンやリストもやはり初期には技巧に重みを置いた作品を書いたのだから、別にこれはアルカンに関してのみ当てはまる事柄ではない。若者が己の技巧を披露したがるのは、音楽に限らず、いつの時代にも見られる普遍的な傾向かもしれない。

 そんなアルカンだが、「3つの華麗な練習曲」Op.12辺りからオリジナル曲に注力するようになり、作品番号付きに限るとOp.16の3つの変奏曲を最後に変奏曲の出版を止めている。恐らく作品の技巧よりも内容に作曲者の関心が移ったのだろう。その結果としてアルカンは数多くの傑作を生みだしたのだが、その一方で、これぞ超絶技巧!といった如何にもな難技巧で聴衆を感嘆さしめる野心を完全に失った訳でもなかったそうだ。この「ヴィエル風変奏曲」が、その一例である。

 

テーマ

 

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 この曲の主題はドニゼッティのオペラ「愛の妙薬」より採ったものである。私はオペラを全く聴かないためこの主題がどれほど有名なものか分からないが、少なくとも当時ではよく知られた主題だったのだろう。健康的で覚えやすい主題である。右手がずっとオクターブ上になっているのは、ハーディ・ガーディを模した結果である……多分。

 

第一変奏

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第一変奏冒頭。真ん中に書かれているのが音域が低いバージョン。

 主題が細かい音符で装飾される変奏である。まだテーマの面影を強く残している一方、その後の技巧的な展開を予見させる。楽譜には音域が低いピアノのために最高音が低いバージョンも書かれている。私の動画では、基本的に元の楽譜(最高音が高い方)を採用しつつ、繰り返しがある箇所に関しては1回目は低いバージョン、2回目は高いバーションを演奏している。

 

第二変奏

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同音連打の見られる第二変奏冒頭。



 同音連打や高速パッセージといった技巧を要求する変奏である。アルカンはあまり同音連打を多用する作曲家ではないが、ここでの使用はやはりハーディ・ガーディを意識しているのだろう。後半の六連音符が続く部分はアルカンらしさを感じさせるが、本当の恐怖は次の変奏に訪れる。

 

第3変奏

 

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 それまで右手が演奏していたメロディーが左手に移り、右手はトリルと付点音符で装飾する。どこかのどかな印象さえ感じさせる冒頭だが、中盤部からは右手は恐ろしい早さで堰を切ったように音符をまくし立てる。しかも長い。具体的なテンポの指定がないためこの演奏だと少し早すぎるのかもしれないが、32音符という事実を考えるとやはり高速な演奏が適切な気がする。

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右手の超高速パッセージ。

Lentement

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 調性が変わり、それまでとは雰囲気が大きく変わる変奏である。舟歌風の伴奏の上に、細かい音符で装飾、変奏されたテーマが美しく奏でられる。いかにもなロマン派的雰囲気のする変奏で、アルカンもこういう曲を書けたのかと驚く。カデンツァを挟んで短い間奏部を挟んだ後、フィナーレへと曲は移る。

 

フィナーレ

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 ワルツのテンポのフィナーレ。アルカンはロマン派の作曲家にも関わらずワルツをほとんど作曲しなかった作曲家であるので、ここでの指示は案外珍しい。フィナーレらしい華々しい変奏で、同音連打を含む高速パッセージが見られる。最後は四分の二拍子のギャロップ風の曲想になって、やはりハーディ・ガーディ風の長いトリルによって曲は閉められる。

*1:ヴィエルとは「ハーディ・ガーディ」のフランス語読みである。ハーディ・ガーディ……?という方は↓


Tobie Miller Hurdy Gurdy - J.S. Bach Partita E Major, Preludio

ショパンはビートルズの五分の一聞かれてる?

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 本当は自分の動画の説明記事を投稿しようと思ったのだが、長くなりそうなので代わりに。

 さて、Spotifyという音楽配信サービスがある。会員登録すれば、収められている膨大な数の曲を無料で聴くことができるサービスである。まあSpotifyの素晴らしさを今更敢えて力説するまでもないだろうが、もし聞いたことのない人がいたら是非登録することをおすすめする。

 このSpotifyというサービス、「今月のリスナー」なる指標が表示されている。これは、28日を一月として換算し、その月に何人の人がそのアーティストの曲を聞いたかを表す指標だという。リスナーは、同じアーティストの曲を何回聞こうが、それぞれのアーティストごとに「1」として換算される。要するに、その人の曲を100回聞こうがたったの一度しか聞かなかろうが、両者ともに「今月のリスナー」としては1としかカウントされないのだ。まあ、そのほうが熱狂的なファンの影響などを減らせるから、あるアーティストがどれくらい人気があるか?を測るには良いのだろう。

 ところで、Spotifyにはクラシックの音源も充実している。ショパンの今月のリスナー数は、2019年12月8日現在、4004055人、約400万人である。それに対し、著名なロックバンドであるビートルズの20371322人、約2000万人である。

 個人的には、この差はかなり意外である。というのも、ショパンビートルズのリスナーの差が思った程なかったからだ。そりゃあショパンは誰でも知っている有名作曲家だろうが、それにしたってクラシックを聞く人口なんて限られているから、まあビートルズのような有名バンドに比べると全然聞かれていないだろうと、勝手に思っていた。5倍どころか、50倍くらいの差があってもおかしくないとすら思っていた。(さすがに、少しオーバーな表現だけれども)ちなみに、ビートルズのオリジナルアルバムは全て聞くことができるから、アルバムがないから本来獲得できるはずのリスナーをビートルズが獲得することが出来ていない、という仮説は成り立たないだろう。

 なぜこんな結果になったのか?いくつか推測できる。まず単に、ショパンが思った以上に人気で、単純に私の思い込みが酷かったというだけの話。次に、わざわざ金を払って聞こうとは思わないが、無料ならクラシック(ショパン)でも聞こうと思うという層はかなりいるという可能性。あるいは、Spotifyは作業用に聞く人が多く、その場合クラシック音楽のほうが適しているという話。さらには、ショパンは(作曲者本人はとうの昔に亡くなっているものの)数多くの演奏家が録音を残しているため、一つ一つのCDのリスナーは大したことがなくとも、それを合計すると膨大なものになる、という事……。ざっと思いついただけでもこれくらいある。

  実際の所、あるアーティスト(作曲家)の人気を測るというのはかなり難しい作業である。というより、人気なんていうのは目に見えて分かる指標ではないのだから、単純な売り上げならともかく、「人気」それ自体を他のアーティストと比べるのはある意味でかなり無理のある行為である。だから、今回のデータをもとに、ショパンビートルズの五分の一人気がある、と断言することなどまったく不可能である。が、その一方でSpotifyがリスナー数という厳然たるデータを示している以上、(データが間違っていない限り)これをまったく無視して、以前の私のようにクラシックなんて全然人気ないし、全然聞かれていない音楽だと思い込むのもまた間違っているだろう。Spotifyがどのような意図の下リスナー数を示しているのかは分からないが、ともかく愚かしい妄想を打ち砕いてくれた人間としては、感謝の念を示す他ない。

 

アルカン作、3つのスケルツォOp.16(Trois études de Bravoure <Scherzi >)の紹介、解説

 以前動画を挙げた曲の紹介します。なんだが同じ作曲家のことばかり記事にしている気がする。

 

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概説

 19世紀フランスの作曲家、シャルル・ヴァンランタン・アルカンによる3つのスケルツォOp.16はIMSLPによれば、1837年に作曲、1845年に初版が出版された曲である*1。アルカンは1813年生まれなので、大体彼が24歳くらいの年に作曲した曲という事になる。

 日本語名は「3つのスケルツォ」で通じている作品であるが、Wikipedia英語版や楽譜を見てみるとタイトルには大きく、「Trois études de bravoure」と書かれ、かっこ付で(Scherzi)と書かれている。3つの勇壮なエチュードスケルツォ集)、とでも訳すことができるだろう。この記事では「3つのスケルツォ」という邦訳を採用する。

この時期のアルカンはまだ有名な「全ての長調によるエチュード」Op.35や「短調によるエチュード」Op.39,あるいは「鉄道」Op.27bを作曲しておらず、かなりの数書かれたアルカンのエチュードの中でも最も早い一例である*2

 同じ時期に、「 3つの華麗なる練習曲」Op.12や「3つのロマンチックなアンダンテ」Op.13、「3つの悲愴的な様式による3曲」Op.15も書かれている。これらの曲が書かれるまで、アルカンは技巧重視の変奏曲やロンドを中心とした作曲を行っていたため、作曲者の特性が十分に発揮されたという意味では、実質的に最初の「アルカンの作品」と言えるかもしれない。ちなみに、これらの曲群はバーチャルピアニストであるナナサコフ氏によっても録音されている*3

 

1曲目:Mouvement de valse

 

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1曲目の冒頭部分

 

 スケルツォなのにいきなりワルツの名前を冠した楽章から始まるのも面白いが、曲調がショパンやリストのワルツとはまったく違うのもまた面白い。というより、彼らの曲と比べると、まるで重戦車のようなこの曲を同じ「ワルツ」という言葉を使っていいのかすら覚束なくなる。アルカンはロマン派の作曲にも関わらずワルツを殆ど書いていないが、本作はその中の貴重な例外と言えるだろう。

 左手による緊張感の伴ったオクターブのソロで始まるこの曲の主部は和音まみれであり、聞いていてなかなか重厚な印象を受ける。この特徴は、続く2、3曲目にも同様に当てはまる。その一方でスタッカートやスタッカッティシモがとにかく多様されていることにより、全体として歯切れが良いサウンドに仕上がっている。「重厚でありながら重苦しくない」「全然ワルツっぽくないのにワルツと言われると妙に納得してしまう」といった、奇妙な矛盾を両立している曲だと思う。ロマン派的ではないが。

 さらに面白いのが中間部である。和音主体の力強い主部とは違って、トリオでは突然曲調が変わり、メルヘンな音楽が奏でられる。アルカンは一つの曲の中に非常に対称的な要素を入れ込むことがよくあるが、これはその最初期の例である*4

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中間部の一節

 左手はひたすら二つの音符を行き来しながら、時たま低音によるオクターブを奏でる。楽譜に書かれた「Campane」という指示からも、これらの音が鐘を模していることは明らかである。右手で奏でられる可愛らしいメロディーも魅力的である。

 しばしばアルカンの作品ではオスティナート、時として極端なまでのオスティナートが見られるが*5、この曲からはアルカンがごく若い頃からオスティナートに対する拘りを持っていたことが分かる。同じ音がずっと続く状態というのは、ともすれば退屈になりかねない可能性もあるが、さすが繰り返しに対して人並みならぬ情熱を見せるアルカンはオスティナートの使い方が上手く、独特な幻想味を出すことに成功している。陳腐な例えで恐縮だが、主部で描いているのが危険を厭わず戦いに身を投じる英雄だとしたら、このトリオはそんな英雄が妖精の国に迷い込んだときの情景を描いているようである。

 トリオが終わった後主部が戻って来るが、すぐにストレットが力強く奏され、アルカンお得意の両手による交互オクターブの後、主要動機の一つが最強音が力強く鳴らされ曲は閉じる。ストレッタではアルカン作品らしい熱量を感じられるが、それが十分に発揮されるのは3曲目である。

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 ↑楽譜動画。この記事の冒頭で示した動画ではSynthesiaを使用しています。音は同じなのでお好みで。

2曲目:Moderato (quasi Minuetto)

 ワルツに続くのはメヌエットである。古典派までの時代ではしばしば用いられたメヌエットは、ロマン派の時代になるとスケルツォやワルツにとって代わられたこともあり作曲された例はそれまでと比べると大きく減少するが、アルカンはこの時代の作曲家としれは例外的にメヌエットという形式を好み、「ドイツ風メヌエット」Op.46や「3つのメヌエット」Op.51を書いた他、短調によるエチュードの中の「ピアノ独奏のための交響曲」の第3楽章でもメヌエットを採用している。

 曲は重苦しい足取りで始まる。一曲目とは対称的にスタッカートは全く使われていない。メヌエット、というと個人的には優美な曲調を連想するが、アルカンにとってはそうでなかったのかもしれない。古典派への憧憬を伺わせるが、両手オクターブによる半音階を用いるのはロマン派的である。

 

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非常に力強いメヌエット

 

  主部はa-b-aの部分から成り立っている。a部が終わった後登場するb部では、それまでの重い雰囲気とは対称的な軽快な伴奏の下優しい旋律が歌われる。アルカンはこういう素朴なメロディーを書くのが上手い。なぜパリに生まれパリに死んだアルカンがこういう曲を書くことができたのは謎である。万人受けするかは分からないが、合う人には合う。その後a部が長調で演奏された後、トリオに移る。

 

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スタッカートによる伴奏の下、奏でられるメロディー

 トリオはただ聞くだけだとそれほど強い印象を受けないかもしれない。どことなく田舎っぽい旋律(なぜか私はこの部分を聴くと「インディアン」という言葉を連想する)はやはり主部とは対称的な性格を持っているが、実際の所楽譜はかなり複雑に書かれている。

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小説の頭で鳴らされた和音を増減させる

 上の楽譜をみればお分かり頂けると思うが、このトリオでは小説の頭に鳴らされた和音の内、一部の音は残す、一部の音は消しつつ他の音を弾く、という特殊な奏法が要求される。特殊な奏法、と言ってもとびぬけて斬新な響きがするという訳でもないのだが、中々面白い音の作り方である。アルカンの作品というと、超絶技巧や時代に合わない発想などがしばしばその特徴として挙げられるが、ロマン派の時代の作曲家らしく、ピアノ音楽の新しい技巧を追い求めていたことも忘れてはならないと思う。

 その後、主部がアルカンらしい技巧的な装飾と共により華やかになって戻って来る。中間部のメロディーも交えつつ、最後にはテンポを増して曲は終わる。

 

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3曲目:Prestissimo

 アルカンお得意の急速なテンポによるスケルツォであり、この作品群の中の白眉と言えるだろう。Prestissimoというテンポにも関わらず怒涛の和音や跳躍、アルペジオ等の技巧が盛り込まれており、有名な鉄道や短調エチュードに負けず劣らず演奏は困難と思われる。ただ、技巧は単なる見せびらかしに終始しておらず、内容的には充実しているので是非もっと知られてほしいものである。

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テンポはPrestissimo

 前2曲はそれぞれワルツ、メヌエットという舞曲の形を借りていたが、この作品は純粋なスケルツォということもあり、トートロジーにはなるが非常にスケルツォ的な性格が強い。アルカンのスケルツォ作品と言えば本作の他に、スケルツォフォコーソOp.34や悪魔のスケルツォOp.39-3、あるいはグランドソナタの第1楽章が有名である。これらの作品は主部の激烈な感情の表出やエネルギーの爆発、それとは対照的なトリオの穏やかなメロディーなどが共通しているが、この16-3で既にその発芽は十分に見られる。

 曲は力強い和音の連打によって始まる。左手に旋律が移る、ペダルを使用したダイナミックなアルペジオ、低音のオスティナートの上ではファンファーレを思わされる右手の動きなど、曲は緊張感を増していくが突然途切れ、やはり穏やかな歌が始まる(主部のa-b-aの内のb部)。

 再び短いa部が奏でられた後トリオに移るが、この曲の最大の問題はこのトリオにある。下の楽譜を見て頂きたい。

 

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トリオの冒頭

 音符を見るだけではすっきりとした印象すら受けるかしれない。一見、「ただ両手で交互にスタッカート弾くだけじゃん」と思われるかもしれないが、異様なのは「Prestissimamente」「Staccatissimo」「pp」という指示が同時になされていることだ。この曲はロナルド・スミスの録音が残されているが、スミスの演奏を聞いた時私は「こんなの全然Prestissimamenteじゃない」と思ったが、実際に弾くとなると彼はかなり善戦しているほうなのではないか。

 さらにトリオの中ではピアノとピアニッシモを2小節ごとに何度も切り替える箇所があったり、

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高速16分音符が続く場所もある。

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 こういったことを書くと、なんだかこの曲が技巧偏重に過ぎるのでは?と思われる方もいるかもしれないが、先ほども述べたことの繰り返しになるが、驚くべきなのは確かにアルカンの指示は適切な効果を挙げていることである。冒頭に示した私の動画を見て頂ければわかるが、例えば上に示したpとppの急速な切り替えなども、ユーモラスで独特のサウンドを形成するのに必要な指示であり、作者によるおふざけではないのは明らかである(当然だが)。まあ私の動画は人間が演奏していないのだから、どんなに無茶な指示が来てもなんとかなるのだが、これを人にやらせるとなると……。

 また、このトリオでは面白い楽譜の示され方もされている。

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異なる拍子の併用

 なんと四分の三拍子と八分の二拍子が併用されているのだ。といっても聞いている分にはリズム的な違和感はないけれども、このような記譜法はかなり珍しいのではないか*6

 このように見所の多いトリオの後、両手のユニゾンによるオスティナートによって緊張感が極限まで高められた後、主部が再び戻って来る。徐々に音楽は高まりを見せ、遂にはffffという強烈な指示まで登場し、興奮の中で曲は閉じる。

 

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 これらの3曲は、アルカンの作品の中ではマイナーで中々弾く機会に恵まれないように思う。最近では短調エチュードやグランドソナタなどの一部の作品は音源化される機会も登場してきたアルカンだが、傑作にも関わらず埋もれている作品があるのは悲しいものだ。是非とも演奏される機会が増えてほしい。

*1:ちなみに、1837年にはショパンスケルツォ2番が作曲、出版されている

*2:有名な「鉄道」は1844年作曲

*3:http://www.nanasakov.com/1009.html

*4:エスキスOp.63の 「ヘラクレイトスデモクリトス」や「小悪魔たち」が、コントラストの例としては分かりやすいかと思われる

*5:中でも歌曲集Op.38b no.2は、全曲を通じてファの音が繰り返されるという異常な発想の下生まれた曲である

*6:この作品では、あくまで記譜法が斬新という程度の意味合いだが、Op.70-2では異なる拍子が作中を通じて保たれるなど、挑戦的な試みがなされている

モシュコフスキの有名でない練習曲の一覧

備忘録として。「有名でない」の定義は主観的です。悪しからず。

 

Op.18-3

Op.24,3 Concert Etudes

Op.32-2

Op.34-2

Op.48,2 Concert Etudes

Op.67-2

Op.70-1 "Caprice-Étude"

Op.75-2

Op.78,3 Etudes

Op.81-3 "Étude de legato"

Op.86-3 "Scherzo-Étude"

Op.93-4 "Étude (Exultation)"

Op.94-4 "Étude (April weather)"

 

"Etude"と冠される曲だけ記録したので、練習曲っぽい要素を含んでいてもEtudeという名前のつく作品以外は除外しました。こうしてみるとモシュコフスキ 、結構練習曲書いている。これらの曲がOp.72の内の一つだったら、評価も変わっていただろうか。

 

アルカンのなかでも時にマイナーな曲を紹介します。

 この曲である。

 https://www.youtube.com/watch?v=IevzDo5LBFM

 

 「オーヴェルニュ地方のブーレ」(Bourrée d'Auvergne) Op.29は、IMSLPによれば1846年に作曲された曲である。アルカンは1813年生まれだから、作曲当時33才、既に「鉄道」Op.27b、「騎士」Op.17、「片手ずつと両手のための3つの大練習曲」Op.76といった超絶技巧で名高い曲を多数作曲していた時期の曲である。この作品は楽譜を見た限りでは上記の作品のように困難な技巧を必要とする類の曲ではないが、随所にアルカンらしさに満ちた佳作であると思う。

 

 曲は仰々しい和音の強打から始まる。雰囲気としては、「ジーグと古い形式によるバレエの音楽」Op.24の2曲目にかなり近い。二曲ともロマン派の時代とはかけ離れた古い時代の様式を用いている事、主部に和音が連続している事、どちらもロンド形式でクライマックスにオクターブの連打が来る事、ざっと思いついただけでもこれだけの共通点はある。調性もわりと近い。

 

 この曲は構造的には大雑把に分けるとA-B-A-C-A-B-A-D-A'の部分から成り立っている。Aのロンド主題は短調の重々しいものだが、最後のA'では長調になり華々しく曲を閉じる......という構成になっている。

 

 B部では左手のオスティナートの上に素朴な牧歌が奏でられる<1:07秒から>。アルカンのメロディーは基本的に、ショパンノクターンのように洗練されてはいないが、その分温かみがあると言うか聴き手に自然と馴染むものが多いように思う。左手の延々と繋ぐオスティナートは、人によっては短調に過ぎると感じられるかもしれないが、この曲が「ブーレ」という古い時代の舞曲である事を思い出せば、極端な表現も土臭いを表すのに必要なものであることが分かる。余談だが、アルカンの曲は過剰なまでにオスティナートを用いる部分が多々ある。これをサティの先駆と見るか、ある種の手抜き、あるいは作曲者の実力不足によるものと見るかは人によるだろうが、私が思うにべつにアルカンは気を衒ったことがしたかったのではなく、たんに表現の手段として必要であったからオスティナートに執着していたのではないか。

 

 話が逸れた。Bが終わるとロンド主題Aが再び戻ってきた後、爽やかな8部音符が連続するC部に移る<2:44>。アルカンの曲では8部音符や16部音符を高速で弾く場面がしばしばあるが、ミドルテンポで細かい音符が続くことはあまりない気がする。ここでもB部と同じく、伴奏の左手(一時右手に移る)は延々とオスティナート音形を繰り返す。ここの部分の8部音符は、個人的には何故かベートーヴェンの音楽を思い出す。音楽的な盛り上がりを見せた後、突然短調の主部Aが戻ってくるが、音楽はより劇的な表情を見せる<3:45>。アルカンはこういう短調の激しい曲調を書くのが上手い。一部ピアノ独奏のための交響曲のフィナーレを思い出させる部分も出てくる。

 

 その後二度目のB部となるが、転調が繰り返され聴き手を飽きさせない<4:22>。やがてまたロンド主題Aが繰り返されるが、左手の音形が不穏な空気感を醸し出している<5:29>。このAが突然途切れた後、この曲のクライマックスとも言えるD部がやってくる<5:51>。

 

 D部では両手交互のオクターブが連続する。この技法はアルカンの作品の中では非常によくあるものだ。まあここまで長いものは中々ないが。ロマン派以前の音楽を髣髴とさせつつも、技巧的にはいかにもロマン派的であるのがアルカンの面白さ、特徴的な点であると思う。疾走する和音の連打によって音楽は頂点に達し、そのまま流れ込むように長調になったロンド主題A'によって歓喜の中で音楽は閉じる<6:58>。この部分のテンポは私の動画ではそれまでの流れを重視してかなり早くなっているが、もう少し遅く弾いた方が重厚な感じにはなるだろう。

 

 以上が「オーヴェルニュ地方のブーレ」の解説である。正直なところアルカンを聴いたことのない人にいきなりおすすめできる類の曲ではないと思うが(一般にアルカン作品に期待されると思われる、技巧的な要素があまり見られないので)、アルカンを良く知っていて、且つ新たなアルカンの曲を知りたい!という方には是非聞いていただきたい曲である。私も最初はなんだこの曲?という感じだったのだが、繰り返して聞くうちに、ああやっぱりアルカンの曲はいいなと思えるようになった。この文章が皆さんにそう思わせることができたのなら幸いである。

ロシア人の音大生の方にFacebookで動画を紹介して頂きましたーまたは「Quasi Caccia」の解説。

 一昨日ぐらいから急に再生回数が増えた動画がある。

https://www.youtube.com/watch?v=CsN-rscMG0A

 この動画なのだが、それまで再生回数が150回程度なのが、わずか1日と少しでその倍以上の回数再生された。まさに寝耳に水である。

 どういうことかとYoutubeアナリティクスを見てみると、どうやらFacebookを通じて私の動画を見てくれた方が大勢いらっしゃるらしい。だが、私はFacebookなんてやっていない。そこでさらに調べてみると、どうやらFacebookのロシア人ピアノコミュニティに私の動画を紹介してくれた方がいらっしゃるようなのだ。

https://www.facebook.com/groups/1681736748767177/permalink/2411937435747101/

 このページである。なんとただリンクを貼ってくれただけでなく、曲の解説まで長々と書いて下さった。

 投稿して下さったのは、イネッサ・ダビドワ(Инесса Давыдова)さん。Facebookのプロフィールを見ると、ロシアのペルミ地方にある、ペルミ音楽大学に通っている音大生らしい。(大学名は私が適当に訳したものだから、間違っているかもしれないが)要するに、私よりもよっぽど音楽に対する専門的な知識を持ち合わせている方だということだ。そんな方にご紹介いただけるとは、感謝の言葉しかない。

 だが、極めて残念なことに、私はロシア語が読めない。英語なら、まあどんなことが書かれているかくらいは分かるかもしれないが、キリル文字だと何を意味しているのか、まったく分からない。そこで、翻訳サイトの力をお借りして全文を訳してみた。原文からいきなり日本語にすると意味がよく分からなかったので、ロシア語→英語→日本語の二重翻訳である。それでも意味が分からなかった箇所は逐次意訳したり省略したりしたが、間違っている可能性もあるので、参考程度にしてほしい。

 

『今週、既に楽譜が出版されているにも関わらず、音楽史上、どのピアニストも録音したことのない、最も独占的な作品のレコーディング<注:私の動画のことを指している>が投稿されましたー”霊的なカプリッチョ”、「Quasi Caccia」(狩のように)イ長調、Op.53です。この作品はアルカンのもう一つの大作「Scherzo Focoso」ロ短調、Op.34の精神に近いものです。どちらの作品も規模が大きく(しかし、「Scherzo Focoso」の方がさらに規模が大きい)、全く壮大で、6/8拍子のエネルギッシュな足取りで書かれています。「Quasi Caccia」も「Scherzo Focoso」もアルカンの作品でしばしば用いられるロンド形式で書かれています。ロマン派の時代、ロンド形式はポピュラーな音楽様式でした。

「Quasi-Caccia」は4声の楽しいファンファーレのテーマで始まります。このようなファンファーレは、「Caccia」というジャンル特有のものです。(「Caccia」は中世に登場し、しばしば「狩りの歌」と訳されます)シャルル・ヴァランタン・アルカンが作品の中で「Caccia」を用いるのはこれが二度目です。最初に用いられたのは、「短調による12の練習曲」に納められている「イソップの饗宴」Op.39-12の変奏の一つでした。<イソップの饗宴第21変奏は、「Caccia」と題されている>この変奏は、ホ長調による似通ったテクスチャーで書かれており、古代ギリシャの寓話のひとつであり、私たちに狩りを教えたイソップに対する挿絵と言えます。アルカンは、狩猟犬の吠える声をさまざまな形で描いています。<イソップ第22変奏の、左手による特徴的なパッセージは、「吠え声」-言語ではabbajante-と題されている>

 

 最初のエピソードでは、ピアノの鍵盤全体に弾きにくいパッセージが散りばめられており、テーマが繰り返された後、ニ長調の抒情的なエピソードが導かれますが(動画では0:54から)、ここではト長調ホ短調といった近親調に絶えず転調しています。その後テーマが繰り返された後、それまでのモティーフとは全く異なる変ロ長調の場面に移ります(1:28)。その後テーマが繰り返された後、まったく新しいエピソードが始まります(2:08)。そこでは不安に満ちた色とりどりの一節が次々と登場します。その後主調と主題が戻ってきますが、左手はもはや冒頭のように六拍子のメロディーを繰り返すことはありません(2:47)。この部分の左手は、「petites Fantaisies」Op.41-3変ロ長調や「Etude alla barbaroへ長調の活発的な繰り返しに似ています。 (同じような構想は、リストの有名なメフィストワルツ1番にも見られます。驚くべきことですが、彼はワルツと悪魔という組み合わせを、アルカン「Scherzo diabolico」Op.39-3ト短調やペダルピアノの為の「Benedictus」Op.54 から借りています<アルカンのこれらの作品は、メフィストワルツ1番よりも早くに出版されている>)

 その後、歓喜に満ちた壮大なエピソードが奏でられます(4:18)。この部分はまったく私たちに「Scherzo focoso」の中間部を思い起こさせます。「Scherzo focoso」とは異なり、長調ではありますが。この曲のコーダで奏でられるパッセージは、調と大きなパワーを秘めているという事を除けば、驚くほどツェルニーの練習曲Op.740-17イ短調に似ています(4:45)。最後には三つのスタッカートの和音か奏でられ、歓喜に満ちた華やかなカプリッチョ、「Quasi Caccia」は曲を閉じます』

 

ラフマニノフのピアノ協奏曲4番の評判がよくない理由(3)

 さて、ようやく本題である。ラフマニノフのピアノ協奏曲4番の評判がよくない理由、私としでは以下の3つの理由が大きいのではないかと思う。

 

ラフマニノフらしい、誰にとっても美しいと感じられる美しいメロディーがなく、構成的にも盛り上がりにくいこと。

(2)それまでのラフマニノフとはかなり作風が異なること。

(3)初版から大きく改定されたこと。

 

ラフマニノフらしい、誰にとっても美しいと感じられる美しいメロディーがなく、構成的にも盛り上がりにくいこと。

ーピアノ協奏曲2番の2楽章や「ヴォカリーズ」が典型的だが、ラフマニノフには兎に角メロディーの美しさを前面に押し出して勝負する曲がある。一般的に知名度を獲得する上では、メロディーの美しさというのは大きな武器である。

 ピアノ協奏曲4番には、そのような「分かりやすい美しいメロディー」みたいなものがないように思う。時たま美しいメロディーが奏でられることがあっても、それは一時の幻想なようなもので、すぐにおどろおどしい場面に移ってしまう。「クラシックベスト100」に抜粋出来るような部分がないのだ。

 取っつきにくいのは、メロディーだけではない。この曲は意識的に聴衆の熱狂を遠ざけようとしているのでは?とすら思う。注目すべきなのは、第3楽章のラストだろう。ピアノ協奏曲2番、3番はラストでそれまでの鬱屈した雰囲気を全て払拭する、ベートーベン以来の「暗から明へ」の伝統に沿ったものである。言ってしまえばお決まりの展開ではあるのだが、それでもラフマニノフ一流のメロディーが力強く奏でられることもあり、感動してしまう。それに対して、4番のラストはなんとも奇妙である。盛り上がりを見せるのはそれまでのピアノ協奏曲と共通しているのだが、なんというかその盛り上がり方が感動とは程遠いのだ。2番、3番が「歓喜の表れとしての高揚」であるとしたら、4番が表現しているものは興奮それ自体であるのだ。だから聞いていてこちらが引き込まれたりだとか、大きく感情を揺さぶられる、ということがない。例えれば、遠い異国の地で戦争が起きたことをニュースでぼんやりと知るような、そんな感覚である。(滅茶苦茶な例で申し訳ない)なにか凄まじいことが起こっているのだが、聴衆はいつまでも聴衆のままなのである。

 

(2)それまでのラフマニノフとはかなり作風が異なること。

ー私はピアノ曲を中心にクラシックを聴いている人間だから、それ以外のラフマニノフの作品については有名な曲(交響曲2番とか)すらまともに聴いていない。だからもしかしたらこのような認識は正しくないのかもしれないが、明らかに4番はそれまでのラフマニノフの曲、特にピアノ協奏曲とは作風が異なっているのだ。具体的にどこがどう、と言わなくても聴けば分かる。

  なぜこんなに作風が変わってしまったのか?真っ先に思い浮かぶのが、ラフマニノフのメロディーメーカーとしての才能が消え失せてしまったことである。実際ラフマニノフロシア革命に亡命し、なぜ作曲をしないのかと問われた際に、「ロシアの大地の香りをもう何年もかいでいない」(若干ニュアンスが違うと思うが大体こんな感じ)と答えたそうだ。この逸話が本当かどうかは分からないが(逸話というのは往往にして誇張されるものである)ロシアを離れたことによる心理的なダメージというものはやはりあったのではいだろうか。そうでなければ、もっと盛んに作曲をしていてもおかしくなかった。

 全く別の理由は、当時の前衛音楽に影響を受けた可能性である。Wikipedia英語版のラフマニノフピアノ協奏曲4番のページには、この曲がスクリャービンを中心とした前衛音楽やジャスに影響を受けたことを指摘している。そう言われてみると、第2楽章最初のピアノソロはジャズのバラードに聴こえてくる。いやまあ、言われたからそう感じただけかもしれないが。ただ何れにせよ、ラフマニノフがロシアを亡命したことも相まってより多くの音楽家の影響を受けて作風が変化したのは事実だろう。

 作風が変化すること自体は悪いことでない。例えばドビュッシーは初期のアラベスクと後期のエチュードではまるで違うものだが、だからと言ってエチュードの評価は決して低いものではない。(一般受けするかどうかは別問題だが)

 いやそもそも、ラフマニノフはなにもこの曲から急にそれまでの作風を一変させた訳ではないだろう。エチュード「音の絵」Op.39なんて、ピアノ協奏曲2番しか知らない人間にとっては作曲家が同じ人物だと特定するのが困難だろう。それなのに、音の絵は評価されて4番は評価されないのはなぜか?多分、求められるものが違うのだろう。ラフマニノフのピアノ独奏曲においては、一流のピアニストでもあった作曲家の手による華麗なピアニズムが魅力であるから、作風が多少難解なものになろうとそれは大した問題ではない。それに対してラフマニノフのピアノ協奏曲に求められるのは、何を置いても甘美なメロディーである。(と思う)だが、ラフマニノフはここで聴衆の期待添うことなく、独自の作風を築き上げるに至った。芸術家としてはまったく評価するしかないのだが、ある種の独りよがりに陥ってしまった......というのは言い過ぎだろうが。私は4番が大好きな人間だから(それだからこんな記事を書いている)彼がそれまでの作風に縛られずに自由に作曲してくれたことを讃えたい。だが悲しいかな、音楽に限らず受け手とは無意識のうちに、それまでと似たような感じ、似たような展開を求めてしまうものなのだ。激辛で売っていたカレー屋が突然味付けをマイルドにしたら常連は混乱するだろうし、村上春樹がいかなり青臭いドタバタラブコメを書くのを読者は期待していないだろう。(それはそれで面白そうだけども)

 

(3)初版から大きく改定されたこと。

 ー個人的には、これが案外大きな理由でないかと思う。この曲は原稿版(最終稿)になるまで2度曲が変わっている。1926年に初演された第一稿、1928年に改定された上で出版された第ニ稿、ラフマニノフの死後1944年に出版された第三稿、これがこの曲が現在の形になるまでの経緯である。

 そもそもラフマニノフは作品の改定がかなり多い作曲家である。ピアノ協奏曲1番も同じく、改定前と原稿版ではまるで曲が違うし、独奏曲でもピアノソナタ2番はかなり曲が変わっている。上記の作品は現在ではそれなりに評価されているように思うが、ピアノ協奏曲4番は未だに微妙な評価のままである。

  それぞれの版の紹介などはまた別の記事にできたらと思うが、実際のところ初版は最終版よりもかなり長く、ただでさえ複雑なイメージを受ける曲がさらに難解さを増している。といってもピアノ協奏曲3番に比べれば短いが、そもそも作風が違うから単純な比較は意味がないだろう。

 2回も作品を大きく変えていること自体、ラフマニノフ自身も曲に満足していなかった証左である。原稿版ではかなりの部分がカットされているから曲として整っているというか、聴きやすくなっているが、果たして初演を聞いた聴衆は一体何を思っただろう。しかも、彼らがラフマニノフに対して期待していたのは、3番までのような分かりやすいドラマなのだ。そこにいきなり、怪物のような曲が演奏されたら......。

 誤解しないでほしいのだが、別に私は4番の初版や第ニ稿を嫌いではない。まあ曲として優れているのは最終稿だろうが、それ以前のバージョンを聴くと、ラフマニノフがやりたかったことが朧気ながら分かってくる。もしこの記事を読んでいるラフマニノフファンが居たら、Sportifyで無料で聴けるから是非一度聞いてみて頂きたい。当時の聴衆たちの困惑が少しばかりわかるはずである。

 

 少し長くなってしまったが、ラフマニノフのピアノ協奏曲4番の評判が良くなかった理由は結局、

「作曲家と聴衆のミスマッチ」

 この言葉に集約されると思う。もしラフマニノフが最初から4番のような作風で通っていたら、間違いなく現在とは異なった評価を受けているだろう。まあその場合そもそもここまでラフマニノフが有名にならなかっただろうが、有名になったらなったで自身のやりたいことが出来なくなるのもまた寂しいものだ。